この案内は[チョボラの峠守・穴山貴雄]氏が作成された『阿千田ガイドマップ』をもとにしております。ただこの案内パンフレットはおそらく2013年頃作られたもので、穴山氏ご自身からお聞きしたところでも、「地図に変化はないが写真では違ってきているところがある」とのことです。そこでこの案内パンフレットに沿って、新参者の私が現実に「たずね、探す」目で、ご案内してみたいと思います。1年では完成しないでしょうが、気長にお読み下さいませ。

 2021年
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1月12日(2021年)
1月25日
1月30日、31日(石積み学校)
私は昨年(2020年)5月に横浜市内から阿南市羽ノ浦町春日野へ移ってきた。私は徳島市内で生まれた。昭和20年7月4日のアメリカ軍大空襲で焼け出され、母方の伯父を頼った。育ったのは現在の阿南市黒津地町である。羽ノ浦は生まれ故郷と言うには少し離れているが、今は同じ市内になり、車では15分の距離である。「古里へもんてきた」と言って、間違いでないだろう。

拙宅のすぐ裏に[昔日の土佐街道 阿千田越え]のあることは知っていた。しかし実際に歩いたのはつい数日前である。こんなすてきなところがあるのだから、習慣的に歩いて観察したいと思った。なにしろ拙宅から阿千田峠頂上まで往復して、所要1時間10分である。自分の庭のようなものだ。このような、忘れられた古道を、整備して下さった民間有志の方々に、深く感謝する。


まだ詳細マップを入手していないので案内板だけが頼りだが、ここが拙宅最寄の入口である。「南山峠口」とある。傾斜した、細い道だ。



中腹くらいにあたると思う。太い青竹が林立している。



竹の太さを想像して頂けると思う。筍の旨さも。





横浜の拙宅隣に孟宗竹があって、わが家へ侵入、筍を出した。きわめて迷惑なもので、仕切りを土中に設営したが、それでも防げなかった。しかしわずかな楽しみもあった。筍は見逃すと一夜に1m以上伸びるので油断ならないが、首を出した直後を発見して掘り起こすと、立派な「筍」である。それをそのまま(皮ごと、アク抜き不要)七輪の炭火で焼く。時間はかかるが、竹串が通れば出来上がりである。竹皮の中で筍は蒸し焼きされている。皮を剥ぎ取り、スライスして酢味噌で食べる。私が知る、一番おいしい筍の食べ方である。「ドラム缶 薪炊き」というのは、これをもっと大規模にやるのだろうか。いずれにせよ、必ず参加する。

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次回からはもう少しこまかく観察して報告します。



1月16日
12時56分に家を出て、立江寺へ向かった。いつも[あいさい広場]を利用している。その通り道である。
13時23分、立江寺着。所要時間27分。




帰路。13時46分、立江寺を出る。
来た道を戻ってもおもしろくないので、ヤマカンで細い道に入る。

あった!



迂闊にも、立江町の下の地名が見えない。視認したが、「柳ノ内」とあった。


県道28号線に出ると、詳細な案内板があった。実にわかりやすい。




徳島の水田が、出番を待って、息を詰めている。




しばらく歩くと、こういう案内板があった。
時刻14時29分。立江寺を出てから43分経過である。道を探しながら歩いたので、知った道とは歩く速度が違う。
[北口 青木]とある。



右の案内地図を拡大する。



こういう位置である。




おへんろさんへの案内。




梅がもう開花を待ち受けている。




小鳥たちの名も覚えなきゃ。これからは友だちだ。



帰着、14時45分。立江寺からの所要59分。
純粋距離的には帰路の方が短い気がする。次回は帰路のコースで立江寺へ行ってみる。



 1月25日(2021年)
(この日の撮影はすべて逆光)
私自身がこの地へ来て半年余りなので、地理を詳しく案内することができない。
若干いい加減なところがあるが、ご自身のスマホマップとつき合わせつつ訪ねて頂きたい。また、拙宅がこの地から歩5分なので、立江駅・羽ノ浦駅からの行程を経験していない。(いずれやってみる)



上図の右は「西春日野住宅団地」である。
「南山」の地名の記された場所が、阿千田越え南山入口であり、案内板が立っている。

西春日野から立江側、田んぼのある方へ下りると、[Ohana Club](医療法人道志社 福利厚生施設)の大きい看板がある。(施設そのものはまだ動いていないようだ)



その横の坂を下りる。
正面に高鉾山(と思う)が見える。




左側に案内板が立っている。



iPhoneのコンパスが正しいなら、こういう位置である。




古道は右の細い道である。(私は最初左の舗装道路を上った)




「急な坂はここだけですよ」の案内がある。これはやさしい。




その急な坂。




「のぼりはあと150mですよ。ここまで350m上ってきましたよ」の掲示。これもやさしい。




頂上



頂上の位置




月末30,31日に行われる「石積み学校」の教材だろうか。真新しい石が置かれていた。




                    (公報あなん 2020年12月号より)




結構歩いている人がいた。しかも足が速い。
左の赤い靴の人は走って来られた。私は一歩一歩土を踏みしめて歩く。

拙宅からの往復所要時間、65分。
いいところに住んだ。
 
 
30日 [石積み学校]

私はこの日、8時30分に峠にのぼった。
すでに準備が始まっていた。




施行箇所に石が置かれていた。




始業前ミーティングの始まり



私はこの朝、もともと1時間ほどの滞在予定だったが、体に異変が生じ、実作業開始前に下山した。


31日(石積み学校)

立江側より上った頂上手前。







岩脇側より上った頂上手前。





2月1日

立江側頂上付近




岩脇側頂上付近




私は石積みについて語る知識がない。
作業をして下さった方々に深い感謝をしつつ画像を紹介するのみである。
幸い両日とも好天に恵まれ、何よりだった。

    
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