2021.08.16




妻が元気だった夏、お伊勢参りした帰り、伊勢湾フェリーを使った。鳥羽から伊良湖までの船旅である。
私の旅は緻密な計画をしない。出たとこ勝負である。妻が輪をかけてその私任せだった。私と一緒なら地獄へでもついてくる女だった。
このときも名古屋へ出て新幹線で帰るはずだったと思う。
ふっと三島由紀夫の『潮騒』を思いだし、『椰子の実』も思い浮かべた。
「神島」はもちろん、洋上から島影を眺めただけである。
伊良湖につき豊橋へのバスが来るあいだ、「恋路ヶ浜」を散策した。その山肌で、妻はこの花を摘んだのだった。
普通には許されないことだろうが、雑草の中に雑草の一つとして群生していた。その中のただ一つを頂戴した。「ツリガネニンジン」と妻は私に教えた。私は初めて知る名だった。妻は野草の名をよく知っていた。

横浜へ戻り、それを培養した。
この草花は、秋になると完全に消える。春に出てくるのだがその時は他の「雑草」も旺盛に伸びるので、どれがどれだかわからない。花が出てみないといるかいないかわからないのだ。しかし PictureThis というのはすばらしいソフトで、今年は花の出る前からツリガネニンジンと知っていた。それでも現実に花をみると、うれしい。

伊良湖から豊橋までのバスが、非常な時間を要したと記憶している。
しかしツリガネニンジンがあるかぎり、この旅を忘れることはない。
    
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