発酵

発酵

私は中学2年の時、森岡博美先生のご指導で、「納豆の研究」というのをやった。徳島県中学校の研究発表会目標だった。前年は1年先輩の竹内辰夫氏が、同じく森岡先生のご指導のもと、最高の評価を得ていた。私はそれに続くつもりだった。
ずっとあとになって竹内先輩と親しく話しした。私は勿論竹内さんをよく知っていたが、竹内さんにとって1年後輩は視線に入っておらず、数十年後、森岡先生のおうちで膝をつきあわせるまで、竹内さんの記憶に私はまったく無かった。
竹内さんの研究は「乳牛の食事(餌)と乳の質・量の関連」についてのもので、長い期間、1頭の牛の食事を、竹内少年が完全にとり仕切った。他人が介在し余分なものを食わせては研究にならなかった。竹内少年は数ヶ月24時間、1頭の牛とつきあった。これは竹内さんのおうち(牛舎)が、学校に近接していたから可能だった。昼飯は牛舎で食った。
そうした可能な条件を見きわめ、見事なテーマを子供に与えた[森岡博美]先生は、すばらしい教育者だった。
竹内さんの研究は県内各先生方の圧倒的な評価を得、最高位を得た。
「あの経験で、自分はどのような事態になろうと生き抜ける、生き抜く自信を得た」(竹内さんの言葉)
どのような事態になろうと生き抜く自信、これを子供に与えること以上の『教育・教育者』の使命があろうか。

さて「納豆の研究」、
保温保湿箱はベニヤ板で自作した。温度キープは電灯を使い、加湿は濡れタオルを吊ったと記憶する。納豆菌は藁を使った本式で、30分おきに温度を記録した。理科実験室に泊まり込んだ。徹夜、というものの、実際は森岡先生がやって下さったと思う。なにしろ中2といえば寝ても寝ても眠り足りない年頃だ。30分おきの温度測定を私が完璧にやれたと思えない。森岡先生は佐世保海軍である。
翌日の夕刻、藁をはぐったら大豆が糸を引いていた。感動した。
私の県大会での評価は次席だった。竹内さんの研究とは、かけたエネルギーがちがう。当然の採点だった。
ただ、本ページでもいずれ取り上げるが、「納豆」は私のテーマである。[あいさい広場]で先月、「藁束」を売っていた。うれしい。これは使える。(今の市販納豆には本来のニオイがない)

まえおきが長くなった。私の究極の目的は、「お母さんがつくってくれた沢庵」の再現である。
   
《目次》(アップ日付新しいもの順)
・ザワークラウト
  
《参考資料》
・小泉武夫『くさいはうまい』、その他厖大
・サンダー・キャッツ『発酵教室』『天然発酵の世界』
・前田俊彦編『ドブロクをつくろう』『趣味の酒つくり』
・林弘子『秘伝発酵食つくり』
・ものおさ『麹のレシピ』
・その他多数